Relief

『あかさかみつけ』を代表作とする岡崎の一連のレリーフコンストラクションは1981年に始まっている。発表された当時から、このシリーズに対してはポリスチレンやアクリルといった素材がもたらす軽さやその物理的な小ささといった特徴が指摘されてきた。だが同一形態のレリーフが後に木や鉄で再制作されているのであり、それらが複数個並べられた展示は、素材の物理的特性ではなく、むしろ素材を通して構成されるタイポロジーこそが重要だということを示している。また、この小さなレリーフは、ドナルド・ジャッドの「特殊な物体」やアンソニー・カロの「テーブルピース」が提示した、現代彫刻における単一性とコンストラクションをめぐる論争への決定的回答でもあった。

バラバラな複数の色面から成り立つ、これらコンストラクションは、同時に一筆書き状に連続した輪郭によって統一され、作品としての単一性を確保している。だが色面の接合が形ではなく線によってなされているために、あるいは各々の面に塗られた色彩が連合する効果により、見るたびに異なる造形的要素への分節が発生し、差異と統合の結びつきはそのつど揺らぎ、再編されつづけることになる。絶えず修正されつづけていく視覚の持続可能性によって、この作品は単一性を得ているのであり、作品のゲシュタルトが、いかなる現実性からも離れた強度を発揮しているのはこのためである。物理的には弱く、ほとんど不確かであるにもかかわらず、そのいかなる一瞬の感覚の微細な揺らぎからも永遠に連続するような強い印象が視覚に与えられる。

したがって、この作品シリーズのもっとも重要な特質は、スケールや重さ、拡がり、位置といったあらゆる物理的測定をほぼ無効にしてしまうことにある。形態も含めて、すべての尺度はただ視覚経験の中にしか存在しない。そしてそのフィールドを任意に拡大することも縮小することも可能である。このことはは高さ5m、幅20mの巨大な壁に掛けられたひとつの小さな岡崎のレリーフが、その巨大な壁全体の見え方を変容させてしまう事態を目撃するとき、はっきり了解できる。

この地点で、岡崎のレリーフ作品は建築家アルド・ロッシが言うところのタイポロジーの問題群に接近する。地名をしめすタイトルがこのことを示唆しており、この作品は、物体よりはむしろ物体が発生する場所、知覚よりはむしろ想起のフィールドを、より強く意識させるだろう。そこで、想起はただ現在にだけ回帰していく。だがこうした空虚な現在性は決して受動的には与えられない。その後、岡崎のレリーフコンストラクションが現実的場面に、より積極的に関与するべく拡大されていった理由はここにある。床上に展開するコンストラクション作品が直面するのは、与件として与えられた形態に対してまさに物理的に介入する、重力を始めとした現実的な諸力とのコンフリクトである。諸々の力に晒されるという出来事は、形態の変容過程に必然的に介入し、作品の自律を困難にする。だが最終的に、作品が作品として自律した形態を獲得するのは、こうした無数の諸力が互いに中和し均衡する一点が得られた瞬間である。こうして岡崎の作品は大きくなってもなお、その大きさも物理的な重さも感じさせず、いかなる実体的尺度とも離れて存在する、視覚的自律を示している。

Text : 石岡良治