夕方になると一家総出で、庭に水をまく。ここの土地は夕方になると風は凪ぎ、そよと動く物もない。母は夕凪が大嫌い。だから庭いちめんに水をまき、せめて涼をとろうという。あんたが土からうけとるものより、もっと多く土に与えなければならない。人間は土からできているんだからさ。水道の栓から、噴き出す水の威力はおそろしいもので瞬く間に地面に穴を堀り、草を刈りとり、梢をもぎ落とす。爽快なのは、風上にむけて水をまくときで、人間は心底ずぶぬれに成る。やがて肌までびっしょり、水が浸みとおったのを感じると満足し、「これで庭も十分だ」と、服を乾かしにいく。
ひとりだけ寝つかれない。濃くたれこめた雲にも妨げられず、風の吹きまくる様ははっきり見える。月や星などは目にも入らなかったし、稲妻がきらめくこともなかった。きみを驚かしているこの光景は単なる電気現象にすぎないよ。夜風は冷たくてきみの体に悪いしさ。まわりの地面の上にある物ばかりか、吹きまくられる大きな雲まで、この土地すべてを包みこむ、なにか蒸気のように輝いていた。唇を動かしたが言葉にはならない。驚きのあまり呆然自失という体で、顔など真っ青だった。しばらくはそのまま立ちつくしていたが、「もうこれでいい、戻ろうや」。目から涙が溢れた。
1997 アクリル、カンヴァス183.8×116.7×5cm(2段組)
ゆーじん画廊